私は、ひとりじゃないけど、ひとり。

連載『私は熱狂をつくれる』 御代川舞花

私は、ひとりじゃないけど、ひとり。

孤独は好きか?うん、わりと好き。でもそれは、消去法の好き。集団特有の、いつもの「ノリ」や関係維持のための「上っ面の会話」が嫌いだから。群れることが嫌で、様々な組織やコミュニティを点々としてきた。

その中で覚えたのが、1対1で人と向き合うこと。これは、わりと好き。特に、人の話を聴くことは得意。

でも、それは時に仇となる。必ずしも相手が「私と向き合うこと」を求めているとは限らないからだ。最近になって、そのことに気づいた。それまでは、人と仲良くなると、結局ウザがられ煙たがられ、傷つき傷つける形で疎遠になっていくことを繰り返していた。

そうだ、ちょうどいい。昔話を少ししてみよう。人間関係が苦痛だったあの頃から現在まで。

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私が集団行動に馴染めないと感じ始めたのは、中学校にあがった時。中高一貫の進学校。色々あって私はそこで落ちこぼれ、それでもいっちょ前のプライドを捨てきれずに苦しんだ。学歴コンプレックス。今でも傷が疼く。学生生活は、常に迫り来るプレッシャーと戦っていた。私は孤独だった。本当に、孤独だった。周りがいくら手を差し伸べてくれても、当時の私にはそれが見えなかった。

新卒で会社員として就職。期待されて入った会社、希望した部署に配属になった。それでも、今はもうそこには居ない。恵まれていた、本当に。けれど、会社と家の往復だけで生涯を終える気には、どうしてもなれなかった。強調しておきたいことは、ワンマンで我儘な部長を筆頭に個性豊かな人たちとの関わりは、苦労が絶えなかったけれど、私にとってかけがえのない時間だった、ということ。大袈裟でなく、生涯かけてこの御恩は忘れない。

会社員を辞めて、母校の専門学校で講師をすることになった。また、小学校のアフタースクールで算数を教える仕事もいただけた。年度末には、筆耕の会社でのアルバイトの仕事もいただけた。たくさんお仕事をいただけてありがたかったけれど、結局は仕事現場と家との往復で毎日が過ぎていった。しかもお給料は会社員時代よりも減った。会社員を辞めた当初の目的が叶っていないことに、私は気がついていた。時間とお金と場所、そして人間関係から自由になるんだ。私の人生をかけた挑戦が始まった。

専門学校と算数教室の先生の仕事を辞めた。アーティスト一本でやっていくと決めた。「コスプレ書道家/御代川舞花(みよかわ・まいか)」の旗揚げだ。面白いね!期待してる!たくさんの人にそう言っていただいて、私は今ここに立っている。

でもね、それだけでは生きていけない。分かっている。前例がない、コスプレ書道家。私個人として「コスプレイヤー」としても「書道家」としても実績が無い。その状況で、仕事依頼は来るはずがなかった。それ以前に、一人前として見てもらえない、取り合ってもらえない。あなた、結局なにがしたいの?と言われることが大半だ。本当にフリーランスは「0→1」が大変なのだ。

賢い人ならば、独立する前に実績を作ってからフリーになるのだろう。しかし、先に述べたように、私は「これ以上組織にいたら死んでしまう」窒息状態だった。それに、エリートから叩き落とされ、それ以来這い上がるチャンスすらくれない社会に対して怒っていた。私はこんな社会は嫌だ。強く思っている。

社会の何が嫌か?例えば、私はアーティストと名乗っている。が、芸大卒ではない。「エリート」は私をプロと認めない。そうでしょ?どんなに実力があったって、学歴で評価され、見合わなければどこまで行ってもアマチュア扱い。そんなことないよ?いや、そんな事はあるのだよ。音大に行っていない歌手やミュージシャンを、いつまでもプロと認めないのと同じ。学歴や受賞歴、華々しい経歴がなければ認められない。それが、現代の日本だ。私は、そんな悲しい社会を変えたいのだ。

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私は、ひとりだ。ひとりで戦っている。でも、私はひとりではない。今はそう確信している。私には、かけがえのない仲間がいる。寄り道のメンバーはじめ、多くの仲間がいる。上手く言えないけれど、支えてもらっている。群れるのが嫌いな私は、甘えるのも苦手。どう仲間に頼ったらいいのか?わからない。でも、それも込みで支えてくれる仲間が、私にはいる。

どうやって、そんな仲間を見つけたか?とにかく動いた。ひとつのコミュニティにこだわり続けてしがみつかず、ムーミン谷のスナフキンのように旅をしていた。ただ、それだけ。

今、孤独を抱えて怒りや悲しみでいっぱいの人に伝えたい。夜明け前が一番暗いのだ、と。大丈夫、私と一緒に進もう。

執筆者

御代川舞花 Maika Miyokawa